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東京地方裁判所 昭和27年(ワ)207号 判決 1956年10月06日

原告 武井トラ 外三名

被告 国 外二名

訴訟代理人(国) 堀内恒雄 外五名

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、原告らの求める裁判

「被告国は原告らに対して、昭和二十六年十二月一日東京法務局麹町出張所(以下「所轄登記所」と呼ぶ。)受付をもつてした分筆登記前の表示東京都文京区湯島三組町五十四番宅地百三十二坪一合(以下「本件土地」と呼ぶ。――分筆後の表示は別紙目録<省略>記載のとおりである。)について同年十一月六日所轄登記所受付第一七〇一七号をもつてした同年三月三十一日錯誤発見に基く竜ケ崎税務署(以下「所轄税務署」と呼ぶ。)長の嘱託による抹消登記によつて抹消された昭和二十四年三月三十一日所轄登記所受付第三〇九六号により大蔵省が受けた昭和二十二年六月二十四日財産税物納許可による所有権取得登記の回復登記手続をし、且つ、原告武井に対して別紙目録記載二の土地、原告斎藤に対して同五の土地、原告三浦に対して同六の土地、原告磯田に対して同七の土地、原告らに対して同四の土地(右五筆の土地を以下「本件払下地」と呼ぶ。)についてそれぞれ昭和二十六年四月三十日国有財産払下許可による所有権移転登記手続をせよ。被告金谷及び同山口は共同して原告らに対し別紙目録記載の土地につき同年十二月一日所轄登記所受付第一八四三七号により被告山口が受けた同年七月十七日売買による所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決。

第二、被告らの求める裁判

主文と同趣旨の判決。

第三、原告らの主張

一、本件の土地はもと訴外田中宙市郎の所有に属していたが昭和七年四月六日被告金谷が田中からこれを買い受け同日その旨の登記を受けた。その後同被告は金三十万二千七百十円の財産税を賦課され、そのうち金二十五万二千七百十円について所轄税務署長に昭和二十二年二月二十八日附申請書を提出して物納の申請をした。その後本件土地は昭和二十六年十二月一日所轄登記所受付をもつてした分筆登記により別紙目録記載の七筆の土地となつた。

二、右物納申請の際同被告は本件土地その他を物納に充てようと考え、物納財産目録を調製してこれを所轄税務署長に提出した。これに対して同署長は同年六月二十四日本件土地を物納に充てることの許可(以下「本件物納許可」という。)をし、次いで昭和二十四年三月三十一日所轄登記所受付第三〇九六号をもつて右物納許可による大蔵省名義の所有権取得登記(以下「本件取得登記」という。)を受けた。

三、その後昭和二十六年四月二十八日被告国の関東財務局(以下「財務局」と略称する。)長は、原告らの申請により、本件土地を別紙目録記載のとおりの七筆の土地に分割し、別紙目録記載の二の土地を代金一万七千六百五十五円で原告武井に、同五の土地を代金一万六千八百七十四円で原告斎藤に、同六の土地を代金一万二千三百九十七円で原告三浦に、同七の土地を代金一万三千九十円で原告磯田に、同四の土地を代金二千八十二円で原告四名にそれぞれ売却することを約束(以下「本件払下契約」という。)し、原告らはこの契約に従い同月三十日被告国に対しそれぞれ右代金及び所有権移転登記手続費用を納入し、且つその買い受けた土地について所有権移転登記手続をすることを要求した。

四、しかるに、被告国は本件払下契約による所有権移転登記手続をしないばかりか、所轄税務署長は本件取得登記につき、同年三月三十一日錯誤のあることを発見したとして、同年十一月六日所轄登記所に対しその抹消登記の嘱託をし、所轄登記所受付第一七〇一七号によりその登記(以下「本件抹消登記」という。)を受け、また一方、この抹消登記により再び登記簿上本件土地の所有名義人となつた被告金谷は同年十二月一日本件土地を別紙目録記載の七筆の土地に分割しその旨の登記を経た上、同日右七筆の土地につき被告山口のため所轄登記所受付第一八四三七号をもつて同年七月十七日売買による所有権移転登記(以下「本件移転登記」という。)を受けた。

五、しかし、本件土地については、その所有者たる被告金谷からの財産税物納申請に基き、同被告に対して所轄税務署長が物納を許可したのであり、この許可に基く本件取得登記には何ら錯誤はない。従つて本件取得登記に対応する実質関係には全然瑕疵がなく、本件抹消登記は不適法である。よつて被告国は原告らに対し本件抹消登記により抹消された本件取得登記を再現するための回復登記手続をし、且つ本件払下契約に基き本件払下地につきそれぞれ所有権移転登記手続をする義務がある。

六、又被告金谷と同山口との間の本件移転登記はその前提たる本件抹消登記が不適法である以上、同じく不適法というよりほかはないから右被告両名は共同して原告らに対し別紙目録記載の七筆の土地につき本件移転登記の抹消登記手続をする義務がある。もつとも、原告らは本件払下地をそれぞれ被告国から買い受けたに過ぎないが、もともと被告国が本件物納許可により所有権を取得した土地は一筆の土地(本件土地)であつたのであるから、原告らは被告金谷及び同山口に対して別紙目録記載の土地全部について本件移転登記の抹消登記手続をすることを求める必要があるのである。

七、被告国主張の第二項の事実は認める。

同第三項の事実は否認する。

同第四項の事実は認める。

同第五、六項の事実は否認する。

同第七項の事実のうち、昭和二十六年八月二十日被告山口が被告国主張のとおりの訴を提起したこと及び被告国が同年十二月二十二日附同月二十四日頃到達の書面で原告らに対して本件払下契約解除の意思表示をしたことは認めるが、その余は否認する。

八、仮に被告国主張の第三項の事実が認められるとしても、なお被告国は本件物納許可に基き適法に本件土地の所有権を取得したものというべきである。

被告金谷は直次郎の父であり、右両名は各自その納付すべき財産税につき物納の申請をするに当つて、物納に充てる財産の目録を同一の用紙、書式及び筆跡をもつて調製し、これを一括して所轄税務署長に提出した。そしてこの二組の財産目録が混同したため直次郎に対して本件物納許可があつたのであるが、同人及び被告金谷はこれについて何ら異議を申し出なかつた。以上の事実から推すと直次郎は被告金谷所有の本件土地その他を直次郎自身の財産税に対する物納財産として提供する考えであり、且つ被告金谷もその所有の本件土地その他が直次郎の財産税のために物納されることについて黙示の同意を与えていたものと思われるのであるが、財産税法第二十三条は、財産税納付義務者以外の者の所有に属する財産でも、所有者の明示又は黙示の承諾があれば、納付義務者がこれを自己の財産税の物納に充てることを認めているのであるから、直次郎に対して行われた本件物納許可は適法且つ有効であり、これに基き被告国は適法に本件土地の所有権を取得したものというべきである。

九、仮に被告国主張の第三項の事実が認められるとしても、そのようなことがらは本件物納許可を無効ならしめるものではなく、単にその取消の事由たりうるに過ぎない。そして本件物納許可は昭和二十二年六月二十四日に行われ、昭和二十四年三月三十一日本件取得登記とともにその納付が完了したのであるが、被告金谷及ぶ直次郎は本件物納許可及び納付のあつたことの通知を受けたにもかゝわらずその後これにつき何ら不服を申し立てることなく、又行政事件訴訟特例法所定の取消の訴を提起せず今日に及んだ。従つて本件物納許可は同法第五条所定の出訴期間の満了後はこれを取り消すことができず、何人もこれを有効として取り扱わなければならない。所轄税務署長は昭和二十六年十一月六日本件物納許可を取り消したがこの取消は右出訴期間の満了後に行われたものであるから違法である。

十、のみならず次の理由によつても右取消は違法であり、本件物納許可は有効として取り扱われるべきである。

すなわち、一般に行政処分の結果国が財産を取得した後その財産について国と第三者との間に私法上の法律関係が成立し、且つこの私法上の法律関係が先の行政処分をその効力発生の前提要件としている場合には、たとえその行政処分について取消の事由たる瑕疵があつてもこれを受けた者から適法な不服申立がない以上はその行政処分を取り消すことは許されない。本件について見るに、原告らは本件物納許可が適法且つ有効であることを前提として被告国から本件払下地を買い受けその代金の納入をすませたのであるが、被告金谷及び直次郎はいずれも本件物納許可に対して不服の申立をせず、又原告らにおいて本件物納許可の取消について承諾を与えたこともないのであるから、この点からしても本件物納許可はこれを取り消すことができず有効として取り扱われるべきである。

十一、仮に本件土地については、有効な物納許可がなく、本件払下契約がこの点に関する財務局長の誤信によつてなされたものとしても、被告国には表意者として重大な過失があるから、被告国が自ら本件払下契約の無効を主張することは許されない。すなわち所轄税務署長は昭和二十六年三月三十一日当時既に本件土地につき有効な物納許可のないことを発見していたにもかかわらず、財務局にその旨の連絡をすることを怠り、そのために財務局長は同年四月二十八日原告らに本件私下地を売り渡し、且つ原告らから代金を受け取つたのであるが、これは被告国の重大な過失というべきである。

十二、被告国の第七項の主張に対しては更に次のとおり主張する。

仮に本件払下契約の当時被告国が本件土地の所有権を取得していなかつたとしても、所轄税務署長は昭和二十六年三月三十一日当時既に、本件土地につき有効な物納許可がなく、従つて被告国がその所有権を取得していないことを発見していたのであるから、たとえ財務局長がこのことの連絡を受けていなかつたとしても、本件払下契約の当時売主たる被告国は本件払下地の所有権が被告国に存しないことを知つていたものというべきである。

十三、仮に前項の主張がいれられないとしても、昭和二十六年十二月二十四日頃当時は被告国が本件払下地の所有権を取得して原告らに移転することができたはずであるから、被告国は民法第五百六十二条第一項により本件払下契約を解除しうる地位にあつたものではない。すなわち、(一)被告金谷には、当時金二十万三千二百十二円八銭の財産税の滞納があり、且つ本件土地に対する財産税評価額は金三万二千六百二十八円七十銭であつたから、被告国は本件物納許可を被告金谷の右滞納分についての物納許可として更正すべき立場にあつた。(二)のみならず、被告金谷は茨城県北相馬郡相馬町片岡二百二十四番地を住所として一方直次郎は同県同郡高須村大字押切九十八番地を住所としてそれぞれ財産税の申告をしたが、この父子は財産税調査期日たる昭和二十一年二月三日当時は同村大字押切に同居していたのであるから、所轄税務署長は財産税法第二十二条第二項、第二十三条第三項、第十一条第二項、第三項及び同法施行規則第三十条第三項により被告金谷及び直次郎を同居家族として取り扱い、これに対して綜合課税をしなければならないのに、調査を怠り右両名に対して別々に課税したのであるから、被告国はこの個別的課税を是正して綜合課税を行い、これについて本件土地の物納を許可すべき立場にあつた。以上いずれにしても、被告国は本件土地につき有効な物納許可をし、本件払下地の所有権を取得しうる地位にあつたのであるから、同被告について民法第五百六十二条第一項所定の「権利ヲ取得シテ之ヲ買主に移転スルコト能ハサル」事情があつたとはいえないのである。

十四、仮に以上の主張がいれられないとしても、被告国は被告山口から本件土地につき登記抹消、土地所有権移転登記手続請求の訴を提起されたときには既に原告らに本件払下地を売り渡していたのであるから、これに応訴し、もつて原告らに対する義務の履行を計るべきであつたのに、この訴が提起されたことを原告らに秘匿し、即座に被告山口と訴訟外で和解し、本件抹消登記を受けたのであつて、被告国の以上の態度は信義誠実の原則に反するものというべく、従つて被告国は民法第五百六十二条第一項の規定による保護を受ける資格がない。

第四、被告国の請求

一、原告ら主張の第一項の事実は認める。

同第二項の事実のうち、所轄税務署長が被告金谷の物納申請に対して本件物納許可をしたことは否認するが、その余は認める。

同第三、四項の事実は認める。

同第五項の主張は争う。

二、被告金谷の子訴外金谷直次郎は被告金谷と同じ頃金三十五万四千三百二十円の財産税を賦課され、そのうち金三十五万円について所轄税務署長に昭和二十二年二月十五日附申請書を提出して物納の申請をした。

三、ところで、直次郎の提出した物納財産目録と被告金谷の提出した物納財産目録とは一括して所轄税務署に差し出され、しかも両者は同一の用紙書式及び筆跡をもつて調製され、且つ提出者の表示方法が一定していなかつたのでその判別が困難であつた。そのため所轄税務署では過つて被告金谷の提出にかゝる本件土地についての財産目録を直次郎から提出された物納申請書に綴り込み、その結果所轄税務署長は右財産目録を直次郎が、提出した財産目録と誤認し同年六月二十五日本件土地につき直次郎に対して物納を許可した。すなわち、本件物納許可は直次郎からの申請に基くものとして行われたのであり、被告金谷に対する関係では、同月二十三日物納の許可があつたが、この許可は本件土地以外の財産についての物納許可であつて、結局被告金谷からの本件土地についての物納申請に対しては許可がなかつたのである。所轄税務署長はこの手違に気付かずその後昭和二十四年三月三十一日所轄登記所に対し直次郎の財産税について本件土地の物納許可が行われたとの理由で所有権取得登記の嘱託をしたが、所轄登記所は本件土地が被告金谷の所有に属するものであるとして登記嘱託書を返送した。そこで所轄税務署長は、本件土地について被告金谷からの物納申請に基き同被告の財産税につき物納の許可があつたとして、同日再び所轄登記所に対して原告ら主張のとおりの登記の嘱託を行い、本件取得登記を受けたのである。

四、さて、財務局長は原告らと本件払下契約をした際には、本件払下地は被告国が有効な財産税物納許可に基いてその所有権を取得した物件と考えていたので、原告らに対して本件払下地を売り渡すこととし、且つ昭和二十六年五月十二日所轄登記所に対して本件払下地の所有権移転登記嘱託書を送付したが、所轄税務署はこれよりも先同年三月上旬頃訴外宮本音市から本件土地についての財産税物納許可が有効かどうかの調査を求める旨の申出を受けていた。

五、そこで所轄税務署では、その点の調査を進めた結果同月三十一日に至つて、前記第三項記載のとおりの事実を探知し、本件取得登記がこれに対応する実質関係のない不適法な登記であることを登見したので同年五月財務局にこの旨の連絡をした。この連絡を受けた財務局では、直ちに所轄登記所に対して本件払下地の所有権移転登記をすることを見合して貰いたい旨依頼し、一方同月二十三日係官を所轄税務署に派遣して調査を行い前記第三項記載のとおりの事実を確認した。そこで財務局長は原告らに対して本件払下契約に基く所有権移転登記手続をすることができない旨を通知し、他方所轄税務署長は本件土地につき同年十一月六日原告ら主張のとおりの抹消登記の嘱託をし、その登記を受けたのである。

六、これを要するに、本件土地については被告金谷の申請に対しての物納許可は行われず、直次郎の財産税について物納の許可があつたのであるが、同人は本件土地の処分の権限をもつていた者でも、又本件土地の物納を申請した者でもないから同人に対する関係で行われた本件物納許可に基き被告国がその所有権を取得したとはいえないのである。従つて本件取得登記はこれに対応する実質関係のない不適法な登記であり、本件抹消登記には少しも不適法の点はない。財務局長が本件払下契約を結んだのは被告国が本件物納許可により本件土地の所有権を取得したものと誤信したためであつて、本件払下契約については被告国の意思表示の要素の錯誤があつたのであるから、被告国は原告らに対して本件払下契約による所有権移転登記手続をする義務を負うものではない。

七、仮に右錯誤の主張がいれられないとしても、本件払下契約は次の事由によりその効力を失つたものである。

すなわち、本件払下契約の当時被告国は本件払下地の所有権を有しておらず、且つそのことを知らなかつたのであるが、このことを発見してから被告金谷に対し本件払下地について再度物納の申請をして貰いたいと要請した。しかし同被告はこれを拒否し、そのうち昭和二十六年八月二十日に至つて被告山口が同金谷から本件土地を譲り受けたと主張して同被告及び被告国を相手どり本件土地の登記抹消所有権移転登記手続請求の訴(東京地方裁判所同年(ワ)第五〇四二号事件)を提起した。そこで被告国としては前述の理由により不適法である本件取得登記を放置しておくことができなくなり、やむを得ず所轄税務署長から原告ら主張のとおり抹消登記の嘱託をし、その登記を受けたのであるが、被告金谷はその後原告ら主張のとおり本件土地を分筆し、且つ被告山口のために所有権移転登記手続をした。ことこゝに至つた以上被告国が本件払下地を取得してこれを原告らに移転することは最早不能に帰したものというべきである。そこで被告国は同年十二月二十二日附同月二十四日頃到達の書面で原告らに対して本件払下契約を解除する旨の意思表示をした。以上の理由により本件払下契約は民法第五百六十二条第一項により解除されたのである。

八、原告ら主張の第八項の事実のうち、直次郎及び被告金谷が本件物納許可について異議を申し出なかつたことは認めるが、直次郎が被告金谷所有の本件土地その他を直次郎自身の財産税に対する物納財産として提供する考であつたこと及び被告金谷がその所有の本件土地その他が直次郎の財産税に対する物納財産に組み入れられることについて黙示の同意を与えていたことは否認する。財産税について賦課当時納付義務者以外の者の所有に属していた財産を物納に充てることは財産税法第四条、同法施行規則第五十四条により許されないのである。

同第九項の事実は認めるが、その主張は争う。本件物納許可は無効の処分であり、所轄税務署長が昭和二十六年十一月六日本件物納許可を取り消したのはただ外観的存在を有するに過ぎない本件物納許可を形式的に取り消しただけにとどまる。

同第十項の事実のうち、本件物納許可の適法且つ有効であることが本件払下契約の前提要件となつていたことは否認し、その余は認める。但しその主張は争う。本件物納許可は無効の処分であり、仮にそうでないとしても、本件のような場合物納許可はこれを取り消することができるというべきである。

同第十一、十二項の事実は認めるがその主張は争う。

同第十三項の事実のうち、被告金谷及び直次郎がそれぞれ原告ら主張の場所を住所として財産税の申告をしたこと及び右両名に対して別々に課税が行われたことは認めるが、その余は否認する。仮に同項(一)の事実が認められるとしても、昭和二十六年十二月二十四日頃になつて物納許可を被告金谷の滞納分についての物納許可として更正するようなことは到底できるものではない。又同項(二)の主張については、仮に被告金谷及び直次郎の同居の事実が認められるとしても、財産税法第二十二条第二項等原告らの挙示する規定は同居家族の各人に対して財産税額を加重することを定める規定たるに過ぎず、同居家族の財産及び納付義務について単一の取扱をするようなことは定められていない。のみならず仮に原告ら主張のとおりの綜合課税ができるとしても、これに基く物納許可は被告金谷から申請のない限り行うことはできない。従つて被告国は原告ら主張のような方法で本件払下地の所有権を取得することはできなかつたのである。

同第十四項の事実は否認する。被告国の態度には何ら信義誠実の原則に反する節はない。

第五、被告金谷の主張

原告ら主張の第一項の事実は認める。

同第二項の事実のうち被告金谷が本件土地を物納に充てようと考え、その旨の財産目録を作成提出したこと及び本件土地につき原告ら主張のとおりの物納許可のあつたことは否認し、その余は認める。

同第三項の事実は知らない。

同第四項の事実は認める。

同第五、六項の主張は争う。

第六、被告山口の主張

一、原告ら主張第一項の事実のうち被告金谷が財産税の賦課を受けたこと及びそれについて物納の申請をしたことは知らない。その余は認める。

同第二項の事実のうち本件土地につき原告ら主張のとおりの物納許可があつたことは否認し、昭和二十四年三月三十一日本件取得登記ができたことは認める。その余は知らない。

同第三項の事実は知らない。

同第四項の事実は認める。

同第五、六項の主張は争う。

二、被告国の第二、三項の主張を援用する。

三、仮に本件払下契約の当時被告国が本件土地の所有権をもつていたとしても、このときには本件土地は一筆の土地であつたから、右契約の目的物(本件払下地)は未特定であり、従つてその所有権は未だ原告らに移転していなかつたのである。

七、証拠<省略>

理由

第一、被告国に対する回復登記手続請求について、

一、原告ら主張の第一ないし第四項の事実は、所轄税務署長が被告金谷の物納申請に対して本件物納許可をしたとの点を除き、被告国の認めるところであり、又被告国主張の第二項の事実は原告らの認めるところである。

二、次にいずれも成立に争のない甲第八号証の二、第十号証の一ないし三、第十一号証の一ないし十二、第十五号証、第十七ないし第二十号証、乙第一号証の一、二、第二号証の一ないし六、丙第一、二号証及び証人寺内好夫、岡野茂、金谷直次郎の各証言によると次の事実が認められる。

被告金谷と直次郎とはそれぞれ、その財産税について物納の申請をするに当り所轄税務署長にまず申請書を提出し、その後物納財産目録を差し出した(その時被告金谷の差し出した目録には本件土地が掲げられてあつた。)のであるが、所轄税務署員は誤つて被告金谷の差し出した財産目録の一部(本件土地の記載されてあつた部分)を直次郎の差し出した目録の一部として取扱い、その結果所轄税務署長は直次郎が同人自身の財産税につき本件土地の物納を申請したものと誤信し、昭和二十二年六月二十五日直次郎に対してその物納の許可しをた。一方被告金谷に対しても同月二十三日物納の許可があつたが、これにより物納を認められた財産の中には本件土地は含まれていなかつた。すなわち、本件土地について物納を申請した被告金谷に対してはその許可がなかつたのであるが、登記簿上は同月二十四日同被告に対し物納の許可があつたものとして昭和二十四年三月三十一日本件取得登記ができた(この登記の事実は当事者間に争がない。-なお本件取得登記のできた経緯については不明であるが、所轄税務署係官の過誤によるものと考えられる。)しかるところ、昭和二十六年四月所轄税務署長に対し宮本音市から、同人は本件土地の買受を希望しているものであるが、被告金谷のいうところによれば、同被告が本件土地につき物納の許可を受けたことはないとのことであるから、本件取得登記を抹消して貰いたい旨の申出があつた。所轄税務署長は、この申出に基き事態を調査したところ前記の事情が明かになつたので、財務局に対し同年五月十二日附書面でその旨を連絡し本件土地の処分を差し控えるよう依頼する一方、関東信越国税局長の指示に従い、本件取得登記につき同年三月三十一日錯誤のあることを発見したとしてその抹消登記の嘱託をしその登記を受けた。(この登記の事実は当事者間に争がない)。

本件を通じて以上の認定を動かすに足る証拠はないが、税務署長が甲から物納申請のあつた物件について乙から申請があつたものとして乙の財産税に対し物納の許可をしても、その許可は無効であり、当該物件の所有権の帰属に何らの影響を及ぼすものでないことは論をまたないところであるから、本件物納許可は無効であるとともに、これによつて被告金谷が本件土地の所有権を失い、被告国がこれを取得するというような物権の変動は遂に生じなかつたものといわなければならない。

三、原告らは被告金谷は本件土地が直次郎の財産税のために物納させることについて黙示の同意を与えていたし、又直次郎も本件土地を同人自身の財産税に対する物納財産として提供する考であつたのであるから本件物納許可は有効であると主張するが、本件を通じてさような黙示の同意及び直次郎の意図があつたことを徴するに足る証拠はなく、かえつて証人寺内好夫、金谷直次郎の各証言を綜合すると、被告金谷も直次郎も原告ら主張のような考をもつておらず、且つ被告金谷は本件物納許可の行われた後所轄税務署の係官から法律関係の紛糾を避けるために本件土地を被告金谷の未納財産税の物納に供するように勧誘されたのに対しそれさえも拒絶したことが推認されるから、原告らの右主張は採用することができない。

四、原告らは、本件物納許可に存する瑕疵は取消の事由たりうるに過ぎないとし、その前提に立つて種々の主張(第九、十項の主張)をするけれども、財産税の物納許可は課税処分とは異り納税義務者の申請により申請物件についてなさるべき行政処分であつて(財産税法第五十六条、同施行規則第五十七条、第五十八条、同施行細則第三十一条参照)、申請によらず又は申請外の物件についてなされた物納許可はその理由のいかんを問わず当然無効と解するよりほかはないから、本件物納許可が先に認定したようにその申請者に対し申請物件についてなされたものでない以上、原告らの主張は、進んで他の判断をするまでもなく、これを採用することができない。

五、これを要するに、本件土地について被告国が有効な物納許可に基きその所有権を取得したことは遂にこれを認めることができないから所轄税務署長が先にその嘱託によつてなされた本件取得登記の抹消登記を嘱託し、その抹消を得たのは正当でありこれが回復登記を求める原告らの請求は理由がない。

第二、被告国に対する所有権移転登記手続請求について

一、原告ら主張の第三項の事実は被告国の認めるところであり、又本件払下契約のときに本件払下地が被告国の所有に属していなかつたことは前認定のとおりである。

被告国は財務局長は被告国が本件払下地を所有しているものと誤信し原告らに本件払下地を売り渡すこととしたのであるから、財務局長の意思表示には要素の錯誤があると主張する。しかし一般に売買契約にあつては売買の目的物の所有権の帰属についての売主側の錯誤は民法第九十五条にいわゆる「要素ノ錯誤」に該当するとはいえないのであつて、そのことは、同法第五百六十条以下において他人の権利に属する物件の売買について種々の方策が設けられていることから明白なところである。けだし、もしかような錯誤が要素の錯誤に当るというならば、その売買契約は無効とするよりほかはないが、そうすると同法第五百六十二条において、かかる錯誤により行われた売買契約を有効としてその解除等の対策が定められていることが意味をなさなくなるに至るからである。従つて被告国の右主張はこれを採用することができない。

二、そこで被告国はその所有に属しない本件、払下地を原告らに売り渡した以上、本件払下契約により本件払下地の所有権をその所有者の被告金谷(同被告が本件払下地の所有者であつたことは当事者間に争がない。)から取得してこれを原告らに移転すべき義務を負うに至つたものである。しかし、一方、成立に争のない甲第十八号証、第二十五号証の一及び本件口頭弁論の全趣旨によると、被告国が同金谷に対して本件払下地を被告国に提供して貰いたい旨要請したところ、被告金谷は既に昭和二十六年七月十七日本件土地を被告山口に売却しており、そのことを理由として右要請に応じなかつたことが認められ、又被告山口が同金谷から本件土地を買い受けたことを理由として被告金谷及び被告国を相手取り本件取得登記の抹消登記手続竝びに所有権移転登記手続を求める旨の訴を提起し、そのため被告国が本件抹消登記を受けたこと及び被告金谷が右登記の完了後直ちに同年十二月一日本件土地を別紙目録記載の七筆の土地に分割し、そのすべてにつき被告山口のために所有権移転登記をしたことは当事者間に争がないが、かような事実関係の下で被告国が本件物納許可について原告ら主張のような更正手続又は綜合課税の手続をとることができず、ほかに本件払下地の所有権を取得しうる途も考えられないことは特に論ずるまでもなく明かなところであるから、結局被告国が本件払下地の所有権を取得してこれを原告らに移転することは不能に帰したものというべきである。されば被告国に対し本件払下地につき所有権移転登記手続をすることを求める原告らの請求は、被告国が果してその主張のように民法第五百六十二条所定の解除権を有し、その行使によつて本件払下契約が消滅したものであるか否かにかかわらず、この点において既に失当とするほかはない。

第三、被告金谷及び同山口に対する請求について

一、本件土地につき昭和二十二年六月二十四日の被告金谷に対する財産税物納許可を登記原因として昭和二十四年三月三十一日本件取得登記ができたこと及びこれが原告ら主張のとおり本件抹消登記により抹消され、これにより再び登記簿上本件土地の所有名義人となつた被告金谷が同年十二月一日本件土地を別紙目録記載の七筆の土地に分割してその旨の登記を経た上同日右七筆の土地につき被告山口のため本件移転登記をしたことは当事者間に争がない。

二、さて本件土地については既に認定したような経緯により本件取得登記の原因となつている被告金谷に対する財産税物納許可なるものは存在せず、直次郎に対して物納許可が行われたに過ぎないのであるが、この物納許可が無効であつて、本件土地について有効な物納許可のあつた事実がなく、従つて被告国がその所有権を取得したことのないことは先に判断したとおりである。従つて本件取得登記はこれに対応する実質関係のない無効の登記というべく、本件抹消登記は適法な登記である。しからば、被告金谷と同山口との間の本件移転登記につき、その前提たる本件抹消登記が不適法であることを根拠として、その抹消登記手続をすることを求める原告らの請求は、進んで他の判断をするまでもなく、理由のないものであること明かである。

第四、結び

以上の次第で原告らの請求はすべて失当であるからこれを棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中盈 古関敏正 山本卓)

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